新聞漢字あれこれ149 「琉」 沖縄県特有から全国へ
著者:小林肇(日本経済新聞社 用語幹事)
以前にこの連載で紹介したことのある「(ほっけ)」「蓜(ハイ)」「鸙(ひばり)」。この3字が最近出版された方言漢字の書籍に載っていました。
方言漢字といえば、昨年10月に研究社が『方言漢字事典』を刊行し、読売新聞や多くの地方紙の書評欄で取り上げられ話題となりました。続いてこの7月、大修館書店が『なぞり書きで脳を活性化 知る人ぞ知る方言漢字128』を発売。どちらも編著者は笹原宏之・早稲田大学教授です。
同じ編著者ではあるものの、この2冊は取り上げる字がかなり異なっています。『方言漢字~』の122字に対し『なぞり書きで~』は128字を採録。掲載漢字数はさほど変わりませんが、比べると『なぞり書きで~』に収載の128字中『方言漢字~』にもあるのは59字。全体の5割超に当たる69字は載っていません。そのなかには「」(北海道)「蓜」(埼玉県)「鸙」(宮崎県)が含まれており、あらためてこの3字が方言漢字であると確信したしだいです。
笹原教授によれば、方言漢字とは「何らかの地域性を帯びた漢字。字種・字体・字音・字義・用法などに地域色が生じたもの」。この定義にあてはまる字がどのくらいあるのか見当もつきませんが、120字程度では到底収まりきらないでしょう。書籍には紙幅に制限があり、そのすべてを網羅できるわけではありません。そんななかから選ばれた69字に、興味をそそられました。
『なぞり書きで~』は北海道から沖縄県まで都道府県ごとに2~4字を掲載。各ページには手書きするための手本とスペースのほか、漢字情報を紹介する笹原教授のコラムがあり、読み物としても楽しめます。ページを繰っていたところ、この連載で私が書いたものが数カ所引用されていて驚きました。拙文も少しは役に立っているのかと思うと、感慨深いものがあります。
69字のなかで私が注目したのが沖縄県の「琉(リュウ)」。言わずと知れた琉球の「琉」で、「美しい光沢をもった宝玉」の意味があります。「琉」は沖縄県の人たちからの強い要望を受けて1997年に人名用漢字に追加され、名付けに使えるようになりました。字の良いイメージからか全国的に使われるようですが、特に沖縄での使用率が高いといいます。
新聞記事データベース「日経テレコン」で、日本経済新聞での「琉」の出現記事件数を調べたところ、1997年から少しずつ使用例が増える傾向で、琉球銀行、琉球大学といった固有名詞のほか、個人名も見られるようになってきました。グラフで2021年が突出して多くなっているのは、東京五輪で銀メダルを獲得した体操男子の北園丈琉(きたぞの・たける)選手の活躍が反映された結果です。
プロフィルによれば、北園選手は2002年生まれで大阪府の出身。「琉」は人名用漢字になったことにより、沖縄県特有という性質が薄れつつあるようです。今後は一般化が進んでいくことになるのかもしれません。
次回、新聞漢字あれこれ第150回は8月14日(水)に公開予定です。
≪参考資料≫
円満字二郎『人名用漢字の戦後史』岩波新書、2005年
笹原宏之『方言漢字』角川選書、2013年
笹原宏之編『なぞり書きで脳を活性化 知る人ぞ知る方言漢字128』大修館書店、2024年
笹原宏之編『方言漢字事典』研究社、2023年
田中郁也「データで見る現代人の名付け」『名付けと漢字』日本漢字能力検定協会漢字文化研究所、2019年
≪参考リンク≫
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≪著者紹介≫
小林肇(こばやし・はじめ)
日本経済新聞社 用語幹事
1966年東京都生まれ。1990年、校閲記者として日本経済新聞社に入社。2019年から現職。日本新聞協会新聞用語懇談会委員。漢検漢字教育サポーター。漢字教育士。 専修大学協力講座講師。
著書に『マスコミ用語担当者がつくった 使える! 用字用語辞典』(共著、三省堂)、『方言漢字事典』(項目執筆、研究社)、『謎だらけの日本語』『日本語ふしぎ探検』(共著、日経プレミアシリーズ)、『文章と文体』(共著、朝倉書店)、『日本語大事典』(項目執筆、朝倉書店)、『大辞林第四版』(編集協力、三省堂)などがある。2019年9月から三省堂辞書ウェブサイトで『ニュースを読む 新四字熟語辞典』を連載。