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「嬲」と「嫐」の各地での受け入れと変容① はじめに

2023.08.07

「嬲」と「嫐」の各地での受け入れと変容① はじめに

筆者:笹原宏之(早稲田大学教授)

1 はじめに

 漢字は、一体いくつあるのかが誰にもわからないという、世界でも珍しい文字です。ある種の体系をなしてはいますが、これまでに作られた漢字が何文字あって、そのうちの何文字が今も使われているのか、はっきりしないのです。そして新しく作ったものでもそれを使う人がいるならば、もうそれは新たな漢字と認めざるをえなくなるのです。

 私は、漢字について過去から現在までの使用例を調べています。もう20年以上も前のことですが、インターネット上で「嬲」と「嫐」という二つの字を併用する例はないかと検索をしてみたときに、この両字を用いているサイトを見つけました。このような文が書かれていました。


  嬲るより、嫐られたい。


 漢和辞典などによれば、「なぶるより、なぶられたい」と読めます。どなたの文章かは分かりませんでしたが、日本の人がご自身の何らかの願いを書き分けて綴ったもののようでした。


 この用例からは、字面、ここでは構成要素「女」「男」の配置に意味上の違いを感じる人がいることがうかがえます。

 ほかにも、『嫐嬲(なぶりあい)』という、おそらく新作の熟字訓による本のタイトルも見つけられたのですが、同様に2字を使い分けたことによる漢字の選択とネーミングだったのでしょう。

 一般に電子機器では、JIS漢字の第2水準までに採用されている字は、たいていそれらしい音読みや文字の一覧表などから、字を引っ張り出すことができるものです。たとえ出所が不明確な「彁」のような幽霊文字であっても、そうして使用者を得てしまうくらいなのです。

 
 上記のように日本人はときどき異体字を字面に応じて使い分けてきました。「男」の人、「女」の人の数と配置をきちんと考え、字義に加えて用いていたのです。日本の人たちは、漢字の形から意味や情景を思い浮かべることを割と好むようなのです。

 しかし中国では昔から、「なぶる」という意味の「嬲」「嫐」という字では、挟まれてしまっている人が男性か女性かという性別の区別などしていなかったのです。

≪参考リンク≫

漢字ペディアで「嬲」を調べよう

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「嬲」と「嫐」の各地での受け入れと変容(全9回)

①はじめに
中国での「嬲」と「嫐」
「嬲」と「嫐」
平安・鎌倉時代の「嬲」と「嫐」
南北朝時代から江戸時代までの「嬲」と「嫐」
地名とJIS漢字の「嬲」と「嫐」
フランス人の「嬲」
フランス在住のルーマニア人の「嬲」
スペイン人、スイス人、ドイツ人ほかの「嬲」と「嫐」

≪著者紹介≫

笹原宏之(ささはら・ひろゆき)
東京都出身。国立国語研究所主任研究官等を経て早稲田大学教授。
博士(文学)。専門は言語学(文字・表記論)。日本漢字学会理事、日本語学会評議員。
単著に『国字の位相と展開』(三省堂 金田一賞、白川賞)、『日本の漢字』(岩波書店)、『漢字ハカセ、研究者になる』(同)、『方言漢字』(KADOKAWA)、『謎の漢字』(中央公論新社)、『画数が夥しい漢字121』(大修館書店)等。デジタル庁の行政事務標準文字、経済産業省のJIS漢字、法務省の人名用漢字・戸籍のフリガナ、文化庁の常用漢字、NHK放送用語、日本医学会用字、漢検奨励賞、『新明解国語辞典』、『三省堂 中学国語』、『光村教育図書 小学新漢字辞典』、『日本語学』(明治書院)等に関する委員を務める。

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